私の周辺にギターを弾く方が多かったこともあり、知らずとギターに触れる機会が増えていきました。楽屋で、ミュージシャンの方に楽器をお借りして、つま弾いているうちに、アコースティックギターの弦と木の振動が体温のように胸骨に伝わり、私の体も、一緒に音を奏でているような心地よさに共鳴したのか、ついつい鼻歌が生まれてくるのです。
そんな日々を重ねている内に、すっかりギターの魅力にとりつかれてしまった私は、そろそろマイ・ギターが欲しくなったので、あっちこっちの楽器屋をのぞいては、あの快感と共鳴を探し回りました。お店の人は、「プロだったらこれくらいの楽器を持たないと〜」と言い、不思議と、高価なギターを私に手渡します。しかし、値段が高いからと言って、良い音が出るとは限らないと知ったのは、その時でした。2万円くらいのボディーもペラペラなギターでも、甘くいい音を奏でるギターもあれば、さすが、値段だけある楽器だったら弾き手によっては、それなりの音も出ましよう。しかし、値段は関係ない。私にとっては、作り手に音に対するこだわりが無かったり、ギターのネックの幅や、楽器の大きさ、特に、弦高に至っては、自分の手の大きさに合わなかったりすると、ただただ苦痛であり、音を楽しむどころではなくなるのです。 結局、「鼻歌が生まれるようなギター」には、なかなか巡り合えないまま、数年がたちました。
そんな折りに出会ったのが福岡さんのギターでした。数年前にトニーニョ・オルタが来日したツアーに、メンバーとして同行することになった私は、リハーサルで、彼が弾く甘くロマンティックなギターの音色にひと聞き惚れしてしまったのです。いったいどこのギターだろう?ブラジル製?それとも?
このギターが、福岡さんが作ったギターだと知ったのは、確かスタジオのロビーで晩御飯を食べていた時だったと思います。トニーニョ氏は指先で弾くらしい。ならば、指先でも弾きやすく、説得力のある音が出るギターをと、福岡さんは彼のギターを設計なさったそうです。その人の癖や習慣までも楽器がサポートしてくれることも、ギターには、大きく影響するものなのだなと思いました。
履く人に合わせて靴の履き心地を整える、シュー・フィッターという職業がありますが、福岡さんはまさに、弾く人のイマジネーションや、体、手の大きさ、音の趣味にまで音色やタッチを調整してくださる、素晴らしいギター職人だと思います。と同時に、クリエーターとしての探究心は、芸術家が、線一本、色の滲みひとしずくにこだわるほどの繊細さです。
ようやく、福岡さんのギターに出会えて、また一曲、また一曲と、私の中の、鼻歌が、今日も私の心の中で、メロディーを紡いでいます。
EPO
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